変わった粉粒体-2
コットンボール,雨粒,江戸風鈴,びん細工手まり,トンボ玉
<粉粒体の部屋(6)-2> <音声あり>
ここでは,変わった粉粒体の例(特に,丸い粒体)を紹介しています。

 コットンボール :(ここでは,“ボールという名前にちなみ,丸い粒体のうちに入れました。)
 
コットンボールというのは,綿の花が咲いた後に出来た「実」(朔果)をいう場合と,それがはじけてできた「綿繊維の固まり」(綿花)をいう場合とあります。

綿
は,あおい科に属する一年生の草木で,オクラなども含まれます。
綿の種を播いたのが5月末で,芽の出た1本の茎から,113日後に黄色の花がたった1日だけ咲き,それが次の日には赤色に変わり,3日目には花が落ち,その後にラグビーボールのような実(朔果,コットンボール)が出来ました。 しかし,それからが長く感じられ,12月中旬の雪も降りそうな寒い気候になって,やっと弾けました。

コットンボールが弾けると,通常
「綿花」と言っている繊維が現れ,十数個のが入っていました。
(繊維は太さ10〜30ミクロンと細いのですが,内部に穴があり,更に断熱効果を高めているようです。 )
綿の種 綿の発芽 黄色の花は,たった1日だけ咲きました。
黄色の花がしぼみ,
ピンクを経て赤くなりました。
赤い花も1日だけ咲きました。
コットンボール コットンボール
弾けるところ
コットンボール
弾けた後の様子
<参考> オクラの花

これは,コットンボール(綿花)から綿の種を取る器械です。たまたま昔の道具の展示場で目にしました。
綿の種は,綿花(繊維)で大事にくるまれていて,それらはくっついています。
そのため,このような種取り器が使われたようです。



 雨(雨粒):   雨(雨粒)は粉ではありませんが,雲の水滴(直径10〜20μm)が集まってできた粒体(粒子)です。
通常,大きさは,直径1〜4mmで,雷雨の時などではそれ以上になります。
また通常は表面張力により
丸い形をしていますが,強く降る時は空気抵抗を受けて扁平になります。
 
(通常の雨) (強い雨)
   φ1〜4mmの丸い粒形です。   
  空気抵抗を受けて扁平になっています。
(横幅は約10mm) 

 
 
   雨滴,雨粒に作用する力
 (10min.ボックス):
映像はNHK-Eテレ,
(2017,7,17)
より引用

 
   

江戸風鈴  平成18年8月26日,江戸風鈴を作っている篠原まるよし風鈴(東京)の社長さんが,当地(滋賀県草津市)の近鉄デパートに出張販売に来られました。
その際,ご親切にいろいろと話をしてくださいました。
    
 <江戸風鈴の音が聞けます>                      
 この江戸風鈴は,1個1個が金型や木型を使わず空中で形を整える宙吹きで製作されているため,形が一定していません。また,ガラスの中に小さな空気だまりがあったりします。しかし,素朴で音色も柔らかです。 
 鳴り口の部分は,ギザキザになっていますが,これは振り管が擦れたときに優しい音を出すための工夫だそうです。

<風鈴の製作工程(概要)>
ガラスはひょうたん形をしていますが,最初に右側の小さい部分を吹き,それにくっつける形で,左側の球形部分を吹くそうです。いい音を出すために,各部の厚みは微妙に異なっています。 (社長さんが)右下のヤスリで円周に線状の傷をつけた後,ポンとたたくと,簡単に割れました。(この後に,鳴り口がヤスリで仕上げられます。) 模様付け
(上の風鈴の場合)
風鈴の内側に,模様と文字(逆向き)が書かれます。

<参考>
風水では,角張った部屋などに丸いもの(このような風鈴も含まれます)を置くと,“気”が良くなるそうです。
  


びん細工手まり
 

滋賀県湖東地方の愛知郡愛荘町(旧愛知川町)では,全国的にも珍しい伝統工芸品である「
びん細工手まり」が作られています。
びん細工手まり」は,この地で約160年前(江戸時代天保年間)から作られており,丸く,中がよく見えることから,「家庭円満」・「仲良く」という意味があるそうです。


この「びん細工手まり」は,愛荘町立図書館に併設された「びん手まりの館」に多数展示されていて,見ることが出来ます。また,作り方なども詳細に解説されています。

<びん細工手まりの作り方>
 
(a)最初に,さらしを芯にして丸め,それを包むように刺繍をして手まりを作ります。
 (b)その後,さらしを抜き取り,刺繍した手まりの外側部分を折りたたみ,小さくします。
 (c)小さくしたものを瓶の中に入れてから,手まりの中に綿をつめ,最初のように大きくします。
 (d)びんの口に飾り布をかぶせ,紐を結びます。
(注)びん細工てまりは,「意匠権」が成立しています。
<ガラスの話>
 日本におけるガラスの製造は比較的新しく,江戸時代に,当時外国との交易が許されていた長崎で始まったとされています。当時は「ビードロ(Vidro)」ギヤマン(Diamant(⇒ダイアモンドの語源))」などと呼ばれ,珍重されていたようです。
 
なお,ビー玉(ガラス玉)は,ビードロが語源だそうです。またDiamant(ディアマン⇒ギヤマン)は,ガラス細工(カット)にダイア(ヤ)モンドを使うことから,ガラスそのものを表すようになったとか。
  
トンボ玉    平成21年11月8日トンボ玉作りを体験しました (^^;; 。

トンボ玉は,棒状の色ガラスをバーナーで溶かしながら,離型剤を塗った針金に巻き付け,形を整えた後,保温剤(バーミキュライト)の中で1〜2時間冷やして作りました。

両手をうまく使って,温度を微妙に調節しながら,いろんな色を混ぜるのですが,なかなか難しいです。特に丸くなりません(^^;; 。が,やってみると非常に面白いです。当然ですが同じ物は2個とありません。

私の場合,温度を下げ過ぎて割れる玉はなかったのですが,焼き過ぎて,針金からはずれないものや,柔らかいうちに保温剤に入れたため,粉の跡がついてしまったものがありました。

保冷剤に入れた棒はそのまま持って帰ってもらい,ストラップに仕上げてもらいました(写真)。形状がいびつで滑稽ですが,うまく仕上げてもらいました。

(作業中) (ストラップに仕上げられたトンボ玉

トンボ玉
は,孔の空いたガラス玉のことで,紀元前15世紀ごろ3500年前メソポタミア(エジプト)を起源とし,非常に歴史のあるものです。日本にはシルクロードを経て古墳時代に伝わりました。
平安時代に一度途絶えましたが,江戸時代に長崎経由で
オランダから再び技術が伝わり,堺や大阪で盛んに製作されました。玉造という地名はその名残とされています。
              <再生ボタンを押してください>  (6.3MB)            
NHK教育TV 2008,6,13
『美の壷・とんぼ玉』から引用
<音声あり>

トンボ玉
の作り方には,以下の3方法があります<文献1>
(1) 巻き付け法 溶けた色ガラスを棒に巻き付けて作る方法
・・・・・今回の方法です。
上記のように堺や大阪では,古くからガラス玉等の製造技術があり,明治時代から本格的にガラス産業が始まりました。その際,「色ガラス棒」が必要となり多くの工場で作られるようになりましたが,今では昭和2年開業のS硝子製造所(和泉市)が日本で唯一の製造所となっています。
色ガラスは,
珪砂(シリカ,SiO2)にソーダ灰(酸化ナトリウム,Na2O),石灰(酸化カルシウム,CaO)が主成分で,他に金やコバルトなどの顔料成分が溶かし込まれます<文献2>

(2) 鋳造法 鋳型(多孔土盤)に粉末ガラスを充填し,二度焼成を行って作る方法
・・・・・20年ほど前から,以下の広い範囲の遺跡で「多孔土盤」というトンボ玉製作用鋳型が出土し(注)古墳時代初期の4世紀から奈良時代の8世紀ではこの方法でトンボ玉が作られていたようです。この多孔土盤を使った実際の方法については,以下のように考えられています<文献1>

(a)多孔土盤中央に,燃えて灰として残るような植物性の茎や軸を立てる。
(b)微細に粉砕したガラス粉体を充填する。
(c)
一段めの焼成400〜500℃で40分間⇒(a)の茎/軸を焼失させる。
(d)
二段目の焼成800℃で10〜15分間⇒ガラスを溶かす。
(e)徐冷する。
(f)全体を研摩する。

(注)<多孔土盤出土例>
平城京・平城宮(奈良市),藤原京飛鳥池遺跡(明日香村),布留遺跡(天理市),上野宮遺跡・谷遺跡ショブ地区(桜井市),四条大田中遺跡(橿原市),讃良群条里遺跡(寝屋川市),豊島馬場遺跡(東京都),鶴ヶ丘一号墳(木更津市),福岡県の某遺跡など

藤原京 飛鳥池遺跡出土品<文献1> 平城宮 宮の東大溝出土品<文献1>

(3) 引き伸ばし法 太めのガラス管を一旦作り,それを引き伸ばして細くし,冷却後,必要寸法に合わせて切断・再加熱し,角張った角を丸めて作る方法

  <参考文献>
  1 「謎を秘めた古代ビーズ再現(ビーズの孔からのぞいた日本とアフリカ)」:吉備人出版発行,2007,3,25,臼井洋輔著
  2 「バーナーで作る手作りとんぼ玉の本」:(株)河出書房発行,2004,10,20,監修 佐竹ガラス

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