平成28年3月18日,滋賀県東近江市河桁御河辺(みかべ)神社のお祭りに行ってきました。

 ここは,宣化天皇4年(539年)に勧請され,平安時代の延喜式神名帳にも記されている由緒ある神社です(祭神は瀬織津姫(水の神)他)。祭りには,神様・宮司・頭人(地域の世話人)3人が馬に乗って渡御するならわしのようです。また,頭人は神様が「鳥」に関係することから,役のある1年間は,鶏肉や卵を食べてはいけないとのこと
(注)。渡御は10km近く歩いて,休憩場所のお旅所(若松天神社)に着きました。

(注)頭人が鶏肉や卵を食べてはいけない,というのは,宣化天皇の御稜(鳥屋見三才古墳)が奈良県橿原市“鳥”屋町にあることと関係あるのでしょうか?

 
     
    御河辺神社の由緒  


   
     
 本殿は江戸時代創建   渡御前の神事    神馬 (神様,宮司用)     (頭人用)) 
     
       
     
             
     
     
       
          

 

   この辺り一帯の平地は所謂「蒲生野」といい,大昔に中大兄皇子(=天智天皇)が朝鮮の白村江の戦いで破れた際に百済から多くの渡来人を連れてきて住まわせた地域にあたります。
また,近江京から琵琶湖対岸のこの地域まで,宮人達を宮廷をあげて薬草取りや狩猟などに訪れた地域で,額田王大海人皇子(=天武天皇)の相聞歌(「茜さす紫野行き 標野行き 野守は見ずや君が袖振る」「紫草(ムラサキ)のにほえる妹を憎くあれば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」 )の舞台になった所です。
 そして天智天皇は,狭い大津京をこの地に遷都しようとしていたようです。(しかし,この薬草取りと狩猟行事の数年後には,壬申の乱の戦場になり,大津京は5年で没しました)。
 


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