直線上に配置

山ノ神
(琵琶湖の周辺(72)) 
(平成26年2月6日撮影) <音声あり>

滋賀県栗東市上砥山地区で少なくとも400年以上前から行われている「山の神」の行事を拝見してきました。    
 
   
  これは,旧暦正月1日から7日(今年は平成24年1月31日〜2月6日)まで,女人禁制で,4軒(人)の男性によって行われる五穀豊穣と子孫繁栄,山の作業の安全等を祈願する行事です。

良く似た行事は,他の地域(野洲市など)でもひっそり(?)行われているようです。私は立ち会えませんでしたが,その痕跡を見ることができました。

かって「
山の神」の行事は,全国で行われていたと思われます。
実際,私の小さい頃(昭和30年代),田舎(岐阜県飛騨地方)では「山の講」というのがあり,山のふもとの祠の前で火を焚き,『山の講のかんじん〜〜』などと声をかけながら集落を回り,米をもらい,当番の家に泊めてもらった記憶があります。このような行事のうち,現在いくつが残っているでしょうか?

   

     
「山ノ神」の行事とは      
 その昔,石器時代や縄文時代には,人々は山に入り動物や木の実などを採取をし,山の恵みを得てきました。
農耕時代になっても,山からは稲作に必要な水が得られるなど,山は信仰の対象でした。
その後,神社が祀られるようになっても,山そのものをご神体としたり,あるいは大陸から伝来した仏教が広まっても,山や山の自然に対する信仰は揺らぐことがありませんでした。

このように,わが国では古代から山や自然を信仰の対象として来ましたが,さらに家内安全や子孫繁栄などの願いも含めて,
山の神信仰が全国的に広まりました。そしてその象徴として,男女の石像や男性のシンボルなどが祀られました。ここ上砥山では,それを木の枝で表現し,昔ながらの祭りを維持されています。

     

     
「山の神」の行事の詳細:      
上砥山の山の神の行事は4軒(4人)で行います。いずれも男性で,女人禁制です。

この4軒は,原則,くじ引きで“
神宿”,“こしらえ宿”,“ハナそろえ宿”,“芸人宿”を分担します。
このうち,“神宿”は神様を祀る家,“こしらえ宿”は嫁入り前の準備を整える家,“ハナそろえ宿”は,ハナ(樒(シキミ,シキビ))配りの前に,ハナを揃え準備する家,“芸人宿”は,大阪などから芸人を呼んで村人に楽しんでもらうための家, というように,それぞれ役割があります。
しかし,最近では,集会所で各種の作業を行うようになり,また芸人を呼ぶことも 無くなり,形が残るのは“
神宿”と“こしらえ宿”のみとなっています。

4人は,毎年,旧暦の1月元旦から1月7日(平成26年は,2月1日〜7日)までの7日間,集会所に共同で寝泊まりし,この行事に必要なものを準備します。そして,その期間は,ある
苦行?を強いられます。
その
苦行とは・・・(a)他所の火に当たってはいけない。(b)女の人の料理を食べてはいけない。(c)女の人(家族も含めて)と話をしてはいけない。(d)四つ足動物を食べてはいけない,等々。
それを頑なに守る事を強いられます。

この期間中の一連の行事は以下のようなものです。

(1)
ハナ配り
   
   山(十九度山(じゅうくどさん);かってこの上砥山が管理していた近くの山)から,昔からの決まり事であるハナ(樒(シキミ,シキビ))の枝を取ってきて,関係者宅に配ります。その行き先は,現在の守山市などの数カ所です。
この上砥山が
栗東市なのになぜ守山市なのでしょうか? 
それは昔,この上砥山地区が十九度山という山を管理,利用していたことの名残です。すなわち,地権者にお礼として正月の仏事に必要な
ハナ(樒の枝)を配る昔からの習慣が,現在も続いているのです。
   ちなみに守山市古高・大将軍神社花勧請(下方参照)は,この配られたシキビの花で作られています。

(2)オッタイ男体,男松),メッタイ女体,女松)の枝(=神木)2組」を山から取ってくること。
   これらの形が非常に重要です。(近頃は,なかなか良いカタチの枝が無く,捜すのに苦労するそうです。)
これら4体の形を整え,それぞれ顔を描きます。

   

3)
その他の作り物
   これ以外にも作り物はいくつかあり,フジヅル製のモッコ,竹スノコ,ワラこも,桟俵,紅白の餅,芝生製のかまど等々。この芝生製のかまどは,神宿の庭に作ります(下の写真参照)。
 

(3)こしらえ宿”から,メッタイ2体がモッコに担がれて,神宿”への嫁入り <2月6日15:00>
   “神宿”では神社の宮司さんの立会のもと三三九度の杯をいただきます。
    (以下の写真参照。昔はきちんと羽織り袴だったそうですが,最近は黒の式服と白のネクタイだそうです。)。

“山の神の嫁入り”の様子



(京都新聞(平成25年2月15日)
から引用


   今年の嫁入り後の“神宿”(Sさんのご厚意で拝見できました)の様子を写真に納めました(2月6日22:00)。
   神宿ではすでに三々九度の杯は終わり,祭壇が作られていました。
   2体の神様は合体した形でおられました(^^)/。

神宿(Sさん宅)での祭壇 同左 同左(顔が描かれています)

(4)
深夜に全裸で川に入り行う“みそぎ(水行)2月7日深夜(午前0:00出発)
  これも決まり事の,決まった場所で行う「みそぎ(水行)」に4人が行くことになりました。
これは,真冬の凍えるように冷たい川に全員が“全裸”で入り,身を清め,玄米と酒を入れる「竹とっくり」を洗うというものです。しかも,それぞれ7回半。決まりごとはきっちり守られているとのこと。

しかし,ちょうどこの日に限って深夜に雪が降り始めました。
私はノーマルタイヤの車で,4人の載る車に追走しましたが,目的地(十九度山の峠を越えた山奥)の近くまで行ったものの,急カーブでスリップし易く,ガードレールも無い道路に危険を感じ,やむなく引き返しました。

しかし皆さんは,凍えるほど冷たい川の水にひるむこともなく,無事に水行を終えたとのことでした。
その大事な核心的(?)行事に立ち会えなかったことは,今回(平成26年)最大の心残りとなりました。
   
 
(5)玄米を煎り,神饌を作ること2月7日午前1:00
    水行から“神宿”に帰った皆さんは休憩する間もなく,次の決まりごとに取りかかりました。
庭に作られたかまどで,カワラケに洗った玄米をのせ,火を焚きます。
(この火は,あらかじめ用意されていた豆殻に,
火打ち石で点けます。
このような材料と方法も,昔から引き継いできたもののようです。
しかし,豆殻は湿っていて,なかなか着火せず,悪戦苦闘の末,ようやく点火されました。
玄米を煎るところまで加熱したら,桟俵につめます。一方,カワラケは半分に割ります。
  
 
     
 
神宿の庭に作られたかまど 豆殻の火で玄米を煎ります 煎った玄米とカワラケ  

(6)“神宿”から2体の神の担ぎ出し<2月7日午前2:00
  “神宿”から,2体の神とカワラケ・煎った玄米を入れた桟俵・竹とっくりを乗せたモッコが,東山・西山の2方向にむけて担ぎ出されました。

2人ずつ組になりモッコを担ぐ前の人は,頭に懐中電灯をつけ,手には提灯を持っています。
西山方面についていくと,「オッタイメッタイワーイワイ」などと呪文を唱えながら(深夜なので小声です),民家の間を通り,雪の降る中を運んで行きます。

     <再生ボタンを押してください> <音声あり>    
   
     午前2:00に出発しました
       

到着したのは雪の積もる林の中でした。
そこに着くと,竹すのこを敷き,2人が交代で上の呪文を唱えながらオッタイメッタイを3回重ね合わせます。
その後,きちんと山の神に2礼2拍手1礼をして終了。・・・・時刻は
午前2:30になっていました。

       
     林の中へと入っていきます
(西山方面)  
  最終地点
(西山方面) 
 
   
     

もう1か所の行先(東山方面)では
    次の日,モッコのもう1か所の行先を訪ねました。それは上砥山地区にあるトレセン(JRAトレーニングセンター)内のある場所です。
 林の中に安置された山の神とは違い,きちんと柵で区切られた所定の場所におられました。
       
           
               
               

他の地域での山の神の行事:(1)野洲市にて
   野洲市(辻)には,「山の神」と彫られた立派な石碑があり,その前にリアルな男女の神様(人形)が置かれていました。
この辺りは集落と離れていて,行事の詳細は不明ですが,少なくともここ1〜2か月のうちに行われたようです。
       
           
 
 
                   
   「山の神」と掘り込まれた石と勧請縄
(石は,高さ2mあります)
  石の下には山の神の人形
が,置かれていました
  山の神の人形
(リアルです) 
           


他の地域での山の神の行事:(2)湖南市にて
   野洲市(辻)から数q離れた湖南市近くまで車を走らすと,うっそうとした林とそれに隣接する集落があり,なんとなく山の神でもしていそうな雰囲気を感じたので,速度を落として運転しながら道路脇を観察したのですが,そんなに簡単に見つかる筈がありません。
そこで,畑仕事をしていた老人に尋ねてみました。
 
すると,老人は,「昔この集落では山の神の祭りを盛大にやっていた」と,詳細に熱っぽく語ってくれました。
しかし,「最近はいっこうに,(この行事を)している気配がない」と残念そうでした。それでも,(可能性のある)近くの神社を教えてくれました。

そこは
野蔵神社という所で,行ってみると,確かに境内の一画にその行事の痕跡がありました!
しかし,肝心の山の神が見あたりません。探してみると,近くにワラで作った男女の人形1セットが捨ててありました。
おそらく,男性数人(?)で,山の神の行事が行われたようです。
竹の支柱には,「東 1月3日 晴明」「西 天下和順 村中安全」「南 山ノ神神社」「北 平成26年1月3日」と書かれていました。
       
           
                   

   

  (参考)
    山の神で配られた「ハナ」の行方は?・・・大将軍神社花勧請になっていました。

栗東市上砥山の人々が配ったハナ(シキビ)は,守山市古高の大将軍神社で,旧暦正月2日,古老たちによって花勧請として吊るされる決まりになっています。
これも上砥山の
山の神と連動した大事な行事なのです。
     
         
   
           

  

<参考文献>
1 「陰陽の世界」(別冊 太陽121号):平凡社発行,2003.2.24
2 「山の神の像と祭り」:大護八郎著,国書刊行会発行,1984.10.20 
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