どんぐり粉体/どんぐりクッキー作り挑戦記
照葉樹林文化
<粉粒体の部屋(9)>
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はじめに |
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団栗とも書くドングリ。子供の頃誰でも拾ったどんぐり。どんぐりと聞いて何となく郷愁を感じるのは私だけではないと思います。
そもそも,どんぐり粉体を作ってみようと思ったのは,フジTVの「晴れたらイイねッ」(2001,10,20放映)やNHKスペシャルの「日本人−はるかな旅」(2001,10,21放映)などの番組で,古代人(縄文人)の食生活が紹介されていたのを見たのが発端です。
番組の中では,多摩ニュータウンや埼玉県での遺跡発掘により,縄文人がどんぐりを土器で煮たり焼いたりしていたこと(「晴れたらイイねッ」),食料不足対策として,共同の洗い場で大量の栃の実を水にさらす作業をしていたこと(「日本人−はるかな旅」)などが紹介されていました。
このように,1万年以上続いたという縄文時代の人々は,いろいろな木の実を食料にしていたことが,遺跡の発掘などから明らかにされています。
例えば,青森県で発見された「三内丸山遺跡」からは,人々が「栗」や「クルミ」を大量に栽培し食料としていたこと,また,その栗の木は,大きいものでは直径1〜2mもあったことなどが分かってきました。
当時(5000〜6000年前)は,東北地方でも現代より気温が高く温暖で,森は豊かで,東日本では人口は20万人〜25万人もあったようです。
しかしその後(4000年前),気温が3〜4℃低下し生態系が激変するほどの自然現象変化(寒冷化)があり,繁栄していた三内丸山は崩壊し,各地の集落も分散,縮小を余儀なくされました。その結果,人々は,共同して作業しないと生活できなくなりました。どんぐりや栗以外の「栃の実」までも食料にするため,水にさらすなどの作業を共同かつ集団で行っていたことの背景には,このような理由があったようです。
(粉粒体の部屋(4)-2参照)
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現代でも,栗やクルミは普通に食材として利用されています。また,いくつかの地域では,どんぐりを食料にしたり(韓国では今でもどんぐり粉体が市販されているそうです),栃の実を栃餅や栃の実せんべいとして,お土産に加工したりしているところがあります (私も小さい時に,家で栃餅をついてもらった記憶があります)。
しかし調べてみると,どんぐりも栃の実も「あく抜き」無しでは食べられず,特に栃の実は,相当の手間をかけないと難しいことが分かりました。つまり,縄文時代の人々は,「栗(あく抜き不要)」から「どんぐり」へ,さらに「栃の実」へと,食料確保の必要性からあく抜き技術を発達させていったことがうかがえます。
そこで,今年(平成14年)は,まず手始めに「どんぐり粉体」の作製に挑戦することにしました。
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どんぐりとは |
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どんぐりとは,以下のブナ科の植物のうち,クリ属以外のもの(@〜C)がつける実の総称です。 |
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<ブナ科に属する植物>
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@ |
ブナ属 |
− |
ブナなど |
落葉樹 |
A |
コナラ属 |
(a) |
コナラ
亜属 |
ミズナラ(6.7%),コナラ(4.8%),カシワ,アベマキなど |
落葉樹 |
(b) |
アカガシ
亜属 |
アラカシ(4.5%),シラカシ(4.5%),アカガシ,ウラジロガシなど |
常緑樹(照葉樹) |
B |
シイ属 |
− |
シイなど |
常緑樹(照葉樹) |
C |
マテバシイ属 |
− |
マテバシイ(0.5%)など |
常緑樹(照葉樹) |
D |
クリ属 |
− |
クリ |
落葉樹 |
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(注)数字は,渋みの程度(タンニンの量)を示しています。マテバシイは渋抜きせずに食べられるようです。
ブナ科には,落葉樹と,そうでないもの(常緑樹(別名:照葉樹))があります。
これらのクリやどんぐりのなる木々は,温帯地方に広く分布しており,遠い昔から人間に食料だけでなく,森や雑木林や里山を作り,豊かな恵みをもたらしてきたと思います。ということは,どんぐりは世界の緑の象徴といえるのではないでしょうか。
以下に示す図は,日本および世界の広葉樹林の分布です。
このうち,常緑広葉樹林(照葉樹林)の分布は,中国南部から日本西南部まで広がっており,この地帯特有の共通的な文化を,「照葉樹林文化」と称することがあります。
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照葉樹林文化とは
照葉樹林(農耕)文化とは,カシ・クスノキ・ツバキ・サザンカなどのブナ科常緑樹(=照葉樹)が分布する地域に特有の文化として,中尾佐助氏や佐々木高明氏らによって唱えられたものをいいます。
具体的には,縄文時代の後期〜晩期の,水稲栽培の稲作が日本に伝来し,本格的に広まる前の,ヒエやアワなどの雑穀が主穀として(イネは陸稲として畑地で)栽培されていた時代の農耕文化をいいます(文献1)。
また,これら地域としては,中国雲南省あたりを中心として,西はインドのアッサム地方から,ヒマラヤ山脈の南斜面〜インドシナ半島の山岳地域〜揚子江流域〜東は日本まで(上記地図参照 )が相当します。
この照葉樹林文化(=山と森を中心とした生活文化)は,多くが東南アジアや中国南部(雲南省)などから伝来したと考えられ,水稲栽培型稲作が行われるようになった後も,現代の日本に慣習として残っているものが少なくありません。
それらの中には,以下のようなものがあります。
No. |
説明 |
備考 |
(1) |
水さらしによるアク抜き技術 |
ドングリなどの堅菓類
クズ,カタクリ,ワラビ,彼岸花などの根菜類
マムシグサなどの野生イモ類 |
(2) |
茶の葉を加工して飲用する慣行 |
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(3) |
まゆから糸を引いて絹を作る養蚕技術 |
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(4) |
漆(うるし)から樹液を取り,漆器を作る技術<注>
(ウルシの木そのものは,落葉樹) |
日本国内で多数出土しています。
滋賀県では,米原市の入江内湖遺跡などから出土。 |
(5) |
麹(こうじ)を用いる酒の醸造法 |
滋賀県野神神社のどぶろく祭り |
(6) |
大豆からの納豆や味噌,なれずしなどの発酵食品を作る慣行 |
滋賀県の‘フナ寿司’,
滋賀県三輪神社のどじょう寿司
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(7) |
コンニャクなどの食品を作る慣行
(イモに含まれるマンナンを凝固させる)
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(8) |
雑穀やイネのもち種の開発(アワ→モチアワ,キビ→モチキビ,うるち米→モチゴメ(餅米),トウモロコシ→モチトウモロコシなど)。
それにより,餅,おこわ,ちまきなどの‘ねばり’のある食品を作り,それをハレの日に儀礼食として用いる慣行 |
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(9) |
高床式吊り壁構造の家 |
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(10) |
アワなどの雑穀とイモ類を混作する焼畑の慣行 |
戦前から戦後昭和35年頃まで
九州山地,四国山地,中部山地など |
(11) |
森や山の精霊に似た‘山の神’の信仰と儀礼 |
滋賀県の‘山の神’
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(12) |
歌垣(男女が掛け合いの歌を歌い,一夜を共にする)や鵜飼の風俗 |
長良川の‘鵜飼’ |
(13) |
天の羽衣伝説 |
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(14) |
いくつかの古代神話
@古事記の国生み神話とミャオ族の洪水神話(多賀大社と古事記参照)
A殺された女神の死体に次々に作物が生まれてくるオオゲツヒメ型の死体化粧神話 |
オオゲツヒメは,古事記の国生み神話の中では,四国の阿波(=アワ,粟)の国の神。⇒アワを中心とする雑穀栽培と結びつけられる。 |
(注)1.照葉樹林文化説では,稲作の起源も,この文化の中心であるアッサム・雲南高地ないし東南アジア北部山地に有ったと考えられています。しかし,これについては現在,安田喜憲氏によって,本当の起源は揚子江で起こった長江文明にあること,そこからミャオ族等の子孫により雲南地方や日本などに伝えられたことなどが示されています
(粉粒体の部屋(4-2)<稲作の起源>参照)。<モチ米の起源>参照。
2.雑穀の栽培日記を,粉粒体の部屋(4)(食品関係の粉粒体(6)に記述しています。
3.漆と照葉樹林文化
かっては照葉樹林文化の一構成要素として,中国の技術が日本にもたらされたと考えられていましたが,それ以前にも,すでに日本で漆の技術の有ったことが分かってきました。
漆の起源に関する調査・発掘結果では以下のことが確認されています。
@日本最古の漆 : 1962年に発見された福井県鳥浜貝塚から,赤の顔料を混ぜた漆を塗った土器や漆の木(破片)が出土しました。この漆の木(破片、1984年出土品)を2012年に再調査したところ,12,600年前の漆の木と判明しました。これこそ世界最古の漆であり,このころから縄文人は漆に親しんでいたことが分かります。
A日本最古より2番目の漆 : 北海道函館市,垣ノ島B遺跡(かきのしまBいせき)<2001年>
・・・・9,000年前のもの
B中国最古の漆 : 浙江省(せっこうしょう),河姆渡遺跡(かぼといせき)・・・・約7,000年前のもの
漆に朱やベンガラなどの赤色顔料を混ぜ,色彩豊かな器が作られました。
顔料については,顔料と染料についてで記述しています。
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どんぐりの構造 |
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どんぐりは,円筒状の実に相当する「堅菓(けんか)」と,下部のお椀状の「殻斗(かくと)」からなっています。堅菓を守る殻を剥ぐと,実(み)は「渋皮(しぶかわ)」に覆われているのが分かります。さらに,渋皮の下には,2分割できる実が入っています。
しかし この実は,渋皮をとっても渋く,噛んでみると,とても食べられません。
どんぐりの中には,マテバシイのどんぐりのように,そのまま食べられるものも有るようですが,ほとんどは,渋抜き(あく抜き)が必要です。
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琵琶湖畔でみられるどんぐりの木(アラカシの木)と,大量にどんぐりのできている様子を以下に示します。どんぐりは,いわゆる「なり年」があるようですが,今年はその年にあたるようです。 |
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あく抜きの方法と,どんぐり粉体の作り方 |
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どんぐりの主成分は澱粉で,渋みの元はタンニンという物質です。
(文献によると,どんぐりの種類ごとのタンニンの含有量は,ミズナラ:6.7%,コナラ:4.8%,シラカシ:4.5%,アラカシ:4.4%,そのまま食べられるマテバシイでは,0.5%)。
この渋みは,渋皮を取っても無くなりませんが,水に溶けやすい(水溶性)特徴が有ります。そこで,どんぐりにおける「あく抜き」は,水につけることが基本になります。
古代人は,どんぐりを石でたたいてつぶし,水にさらしたり土器で煮炊きすることによって,あく抜きに成功しました(縄文人が土器を使いだしたのは,世界的にもかなり古いことのようです)。
今回は,以下のような手順であく抜きをすると共に,どんぐり粉体を作りました。
@どんぐりを水につけ,完全に下に沈むものを選ぶ。
A乾燥する。
Bどんぐりをペンチで割り,殻を取る。
C渋皮を取る(最後の方は,面倒くさくなり取りませんでした)。
Dミキサーである程度まで粉砕する。
Eすり鉢で擦る。
F水を入れかき混ぜた後放置し,黒っぽい上澄みを捨てる。
GFを繰り返す(8〜9回?)。
I40℃以下で乾燥する(一部分を取り,そのまま鍋で加熱したところ糊状になり,確かに澱粉であることがわかりました。)。
今回はどんぐりらしさを残すため,敢えて上の方法にしましたが,濾紙やキッチンペーパー等でこせば,純度のより高い澱粉が得られます。この場合は,もう少し白っぽい粉体ができるはずです(澱粉は本来,白色の無味無臭の粉体なので)。
得られたどんぐり粉体の外観を以下に示します。
<あく抜きの方法あれこれ(調査結果)>
@どんぐりのその他のあく抜き方法
大きななべの中央に「すのこ」を立てて,重曹や灰汁を入れて煮る。すのこの中に出てくる黒っぽい湯をくみ出し, 新しい水を入れる。これを長時間繰り返して灰汁を抜くとともに,柔らかくする。
A栃の実のあく抜き(やはり難しそう)
栃の実を2〜3日水に浸す→天日にて乾かす(1ヶ月)→お湯に入れて1晩おき表皮をむく→ お湯をかけて冷ますことを繰り返す(水がきれいになるまで)→火にかけて煮る→灰を投入→冷やして灰を再投入→2〜3日おく→灰を落とす→薄皮を剥がす。
(栃の実のあく抜きが難しいのは,あくの成分が,どんぐりとは異なり,水溶性のタンニンだけでなく,非水溶性のサポニンやアロインも含んでいるためとされています。
また,灰は広葉樹を燃やして作ったものが良く,スギやヒノキの木から作ったものはダメだそうです。) |
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どんぐりクッキーをつくりました! |
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得られたどんぐり粉体(約100g)に100gの小麦粉を混ぜ,卵,ハチミツ,塩とベーキングパウダー少々を加え,山芋をつなぎとしてクッキーの生地を作りました。さらに薄くのばした後,サンショウの粉を振りかけ,においを付けました。これをオーブンで180℃×約15分焼いて,クッキーを作りました(以下の写真)。
クッキーというより,どちらかといえばせんべいのようでしたが,ここでも,通常のクッキー(バターや砂糖などで作るようですが)とは異なり,敢えてそれらしい方法にトライしてみました。
かんじんの味については,まあまあというのが正直なところでした。(ハチミツの量が少なく)甘さが不足しており,堅いし,サンショウのにおいも強すぎました。おいしさを出そうとすると,もう少し研究が必要なようです。
しかし,これをかじっていると,何となく縄文人もたき火を囲みながら,同様に,こういうのをかじったのだろうか?などと想像が広がり,結構楽しいものでした。 |
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栃の実を調べました |
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どんぐりに似た,縄文人が食したという栃の実について調べました。
一般に,栃はかなりの大木になり,実の採れる時期は8月末から9月頃で初秋です。 |
湖北には,栃ノ木の大木が多くあることで知られています。 |
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(平成15年8月24日撮影) |
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栃の木(滋賀県木之元町にて)。 |
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一部拡大写真 |
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葉っぱは朴の木に似ています。 |
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↓<画像が拡大します> |
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外を包んでいる殻状のものがはじけて,中の実が落ちます。
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大きいもので直径30〜35mm,重さ20〜25g位あります。
「クリ」に似ていますが,より丸みを帯びており,大きいです。 |
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内部は堅く実が詰まっていますが,非常に渋く苦く感じられます。
(「クリ」に似ていますが,アクが強くて,そのままでは食べられません。) |
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<参考文献>
1. 「ドングリの謎」 守口満著,どうぶつ社,2001,8,25発行
2. 「雑木林にでかけよう」 八田洋章著,朝日新聞社刊,2002,8,25発行
3. 「日本文化の基層を探る」 佐々木高明著,日本放送出版協会刊, 1993,10,30発行
4. 「照葉樹林文化」 上山春平著,中央公論社刊, 1969,10,25発行
5. 「続・照葉樹林文化」 上山春平・佐々木高明・中尾佐助著,中央公論社刊, 1976,7,25発行
6. 「照葉樹林文化の道」 佐々木高明著,日本放送出版協会刊 2001,12,20発行 .1982,9,20発行
7. 季刊 「考古学」 (第95号) (株)雄山閣刊 2006,5,1発行
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